No.5 平山 孝継/Takatsugu Hirayama
『この年になっても1番最初にサーフィンが出てくる』
Q.あなたの下田愛を語って!
下田といえばやはり海ですね。食べ物も美味しいけど。日本の中でも綺麗なビーチだし、山もあるし、観光客の人はいろいろ味わえますよね。そんな場所に生まれ育ったので、地域愛は強いです。
Q.あなたの下田のおすすめを教えて!
伊豆といえば、キンメが1番有名かな。キンメにも種類がありますが、日帰りですぐそばの海域で獲ってくる地キンメは味が違いますね。あとは龍宮窟とかサンドスキー場も人気で休日は人がたくさん来ていますよ。
Q.サーフィンを始めたきっかけを教えてください。
地元の先輩がサーフィンを始めて、面白そうなことやってるなーって見に行ったんです。その当時はリーシュコード(サーフボードと足を繋ぐコード)がなくて、ボードが浜に流れて来た時に取りに行ったら長いボードが変に跳ねて、前歯2本ぐらぐらになって下くちびるを切ってしまって。何だよ、ムカつくって思って。それでちょっとやってみようかってなったのがきっかけなんです。
Q.あなたのライフスタイル(サーフタイム)は?
波が良ければ必ずビーチに行きます。田牛ビーチが良ければ近所の同級生と一緒にいつもサーフィンしています。同級生は漁師で、塀越しに話ができる昔からの相棒です。
Q.下田のサーフィン、ここがすごい!と思うところは?
日本サーフィン連盟(NSA)の全日本選手権の出場枠は登録人数に比例して算出されるので、伊豆はそんなに人数はいないので1人か2人しか行けないのにも関わらず、今年の全日本はファイナルが3人伊豆支部というクラスがありました。サーファーが濃いです。先輩たちの指導もあると思いますが、後輩たちが伸びていますね。
本気でやっています。海の他に遊ぶものがたくさんないと言えばそれまでですが、海が唯一の楽しみというか。お父さん、お母さんもサーフィンやっているというのも多いです。“週末は海に行く”というのが確立されていて。逆に子供がやるからお父さんもやるというのもあったり、移住して来られたりもしていますね。そういうところが強みではないかな。
Q.サーフィンの魅力は?
相手が自然なのでそんなに逆らえるものではないです。波が高くなれば高くなっただけリスクがある。小さければ小さくても遊べる。いつも自然と一緒にいる。生活のサイクルに入ってきているって感じですかね。この年になっても1番最初にサーフィンが出てくる。サーファーの友達もたくさんいるし、そこがメインで生きてきたっていうほど、魅力的なスポーツだと思います。生活に関わって入ってくるスポーツなので、そこが魅力的なところかなと。
Q.これからの夢は?
サーフィンは死ぬまでやりたいけど、そんなにできなくなるのは仕方がないことで。私でよければ、頼ってきてもらえば、サーフィンを教えながら生活していければと。商売とかではなくて、サーフィン自体に関わりが持てる生き方を死ぬまでできたらいいかなって思います。
Q.サーフシティ下田に期待することは?
中学校にサーフィン部ができて、移住者の人、プロサーファーになった子も出たので、次の段階の高校にサーフィン部ができたらいいと思います。それから、家族で移住してきたサーファーが結構いるけど、働く場所があまりないと思いますね。働くところがあれば、人口減少に歯止めもつくし、サーフィンも賑わって、海と一緒に生活もできるようになると思うんですよ。長期的なビジョンを持って、一般企業、大学のキャンパスを誘致したり、下田にずっと住んで居られるようにしてほしいです。
平山 孝継(ひらやま たかつぐ)
1956年生まれ。田牛出身。中学2年頃にサーフィンに出会う。プロ選手も参戦したNSAの新島の大会で初優勝。消防士として働きながら、NSAにおいて選手兼ジャッジで活躍していたが、日本プロサーフィン連盟(JPSA)のジャッジにもなり、約30年間NSA、JPSAのジャッジを担う。1986年にはイギリスで行われた世界選手権に出場。選手引退後の現在は後進の指導をしつつ、地元伊豆での試合を中心にジャッジとして大会に携わる。また、県内の消防士のサーファーの集まりを立ち上げ、それがFSAという全国ネットにまで発展した。
☆その他の方のインタビューはこちらから
サーフシティ下田 サーファーインタビュー「I LOVE Shimoda!I LOVE Surf!」