高根の地蔵尊(航海の守り本尊)
 稲生沢の河内と白浜との境にある高根山は(343米)その眺望の絶佳なこと、伊豆山の子恋の森、仁科の堂ケ島の揺橋(ゆるぎばし)と共に伊豆の三勝と称されている。
この高根山の頂上に安置されている地蔵尊は船舶の守り本尊として遠近からの参詣祈願をする
信者が絶えない。
 昔、河内の向陽院の縁の下から、毎晩怪しい光がさしているのを村人が見つけ大騒ぎになった。「ハテ、何だろう!」と、とにかく光のさす所を掘ってみることになった。
きっと沢山の黄金でも埋まっているのではあるまいか。そう思って村人が床板をはがして掘ってみると黄金が出て来るかわりに「石の地蔵さま」が現われた。
泥をかきおとし水で洗い清めてみるとこの地蔵さまはまた何とみっともない顔だちをしていたが、とにかく住職は寺の境内に安置しておまつりすることにした。
すると或晩、住職の夢枕にこの地蔵さまが「高根の山の高いいただき海の見える所に地蔵をたてよ、海上八方諸人の救いとなるべし」という声にハッと目が覚めた。次の晩もその声で目をさまされた。
いかにも気になって仕方ないので和尚さんは村人に相談した。
 そのお告げの通り高根山のいただきに地蔵さまをたてようということになった。
お地蔵さまというのは総じて柔和な福徳円満なお顔をしているものであるが、何としてもこの地蔵さまの顔は醜い。村人も「どうで地蔵さまをたてるだァら、あの掘り出した地蔵さまたてるも、ええが、何となくまずい顔をしてるで、もっとにいしい(新しい)いい顔をした地蔵さまーたてたらどうずらか。」ということで和尚さんは、別に美しい福徳円満な御一体を造り高根山の頂きに台座を据えた。
いよいよ地蔵さまを安置する段取りになった時、どうしたはずみか新しい地蔵さまのお顔がどっと崩れ落ちてしまった。住職も村人も驚いて「夢枕のこともあるし、これは申訳ないことをしてしまった。」
と深くお詫びをし、「あの地蔵さまは顔はみにくいけれど、きっと霊験あらたかな地蔵さまにちがいあるまい。さっそくあの地蔵さまをここにおまつりしよう。
 そまつにあつかって申訳ない」と後悔し、向陽院の庭に立っていたみにくい顔の地蔵さまをかつぎあげ、高根山の頂でひろびろとした太平洋を眺められる見はらしのよい所に安置された。
 それ程の地蔵様であるから、まことに霊験あらたかで、沖を航行する船が暴風雨などにあって危くなった時、一心不乱にこの高根の地蔵尊に祈願をこめると忽ち山頂に法燈が輝き、船を安全に港に導き入れてくれるという。    
 その昔、紀州の蜜柑船が大島沖にさしかかった時、俄(にわか)に暴風に襲われ逆巻く激浪に船はまるで木の葉のようにゆれ船の人達は生きた心地もしなかったが、この時船頭は一心不乱に高根の地蔵尊を拝んで「南無高根地蔵尊我が船に加護を垂れ給え」と祈願すると、不異議や高根山頂にあかあかと法火が燃え、その光にひかれるようにして波静かな下田港に入る事が出来たということである。
その時船の舳(みよし)のところにありありとみにくいあの地蔵尊が立たれ水先案内をしたということである。
伊豆沖を航行する幾多の船がこの高根の地蔵尊に救われたと伝えられている。
下田市の民話と伝説 第1集より