奪怪和尚
 昔、河内の向陽院に奪怪和尚という住職がおった。
まことに豪力無双の人で、今でも、和尚が朝晩力試しをしたという「手玉石」(数十貫、1貫約4キログラム)が庭前に残っているのでもわかるが、又酒の強かったことも有名で1升(1.8リットル) の酒は息もつかずグーッと飲み干したという。
 奪怪和尚は、又素晴しく足が早くて寺用で旅をする時なぞ胸に笠をあてて走ってもその笠が落ちなかったというし、河内と鎌倉の建長寺との間を日帰りで往復したというから凄い速さである。
鎌倉から帰った或る日のこと、留守居の婆さんは、いつものように酒一升を和尚の前に持って釆た。和尚はニコリとしながらグーッと一気に飲み干してしまったが、これがまあ、婆さんが後で気がつくと酒と思って和尚にすすめたのは油だった。
婆さんが徳利を間違えたのである。すっかり恐縮した婆さんは和尚の前に出ると平身低頭、平あやまりにあやまり、その粗忽をお詫びすると、和尚は「フーム油だったか道理で少し妙な味だと思ったよ。」と平然たるものだったという。
下田市の民話と伝説 第1集より