昔のことである。鎌倉の建長寺の和尚さんは伊豆の布教に廻ってくると、横川の檀家総代の「ニシ」という家によく泊っていったものである。
 鎌倉の建長寺と云えば、鎌倉五山(建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺)の中でも第一番で、とりわけ有名なお寺であり、そこの和尚さんであるから、お泊りになるという時には、ニシの家では家の内外をきれいに掃除し、御馳走もたくさん作って接待したものである。 
 ある時何の前ぶれもなく、ひょっこりと和尚さんがやって来て、ニシの主人に「檀家総代では犬は飼っておらなかったな。隣り近所には犬はいないか。」などといつもとちがって、くどくどと尋ねてから「ではニシの御主人一泊さしていただこうか。」と座敷に上った。
 主人は突然のことで何ももてなしは出来ないが、と云って泊っていただく事にした。
 家の一番奥のデイ (奥座敷) に案内した。
 ニシのおかみさんは大急ぎで御馳走つくりに取りかゝり、主人は風呂も沸かした。
「和尚さん、お風呂が沸きました。お入り下さい。旅の汗を流してさっぱりした所で、夕飯に致しますから。」
「わしは風呂は余り好きでない。それに昨晩、河津の自然温泉に入って来たので今晩はせっかくだがやめておこう。」
 おかみさんはいつも来ると風呂好きで第一番に入られたのに変だなと思った。夕食の支度をして、主人はお膳をデイに運んでいった。
 「あったかいうちに召上って下さい。」
「いやかたじけない。気まゝにいただくのでそこにおいて下さい。」
 云われるまゝにニシの主人はお膳をデイにおいて、勝手場のいろりに戻った。おかみさんは、「いつもの和尚さんによく似ているが、風呂にも入らないし、給仕もさせない。えらい和尚さんでも気分のかわることもあるのかネエ」
 「坊さんは若い時は雲水といって何でもつらい修業をされた方だ。好きのようにしてもらうがいい、」
主人はそう云ったものの、何となしに気にかかった。それにデイに入ったまゝ用足しにも出ない。
 主人は「食事はすんだかな、お膳も下げなくては。何かしらべものでもなさっているのか」と思って、「悪いかな・・・」とつぶやきながら、そっと戸の隙間からデイをのぞいてみた。
どうであろう。
 和尚さんは膳の前にはいつくばって、お膳のものを、犬や猫が食うように口をつっこんでは食べている。
何たること、ニシの主人はびっくりして声も出なかった。
 ニシの家から少しはなれた家に、イチモツのとう犬と云われた犬がいて(後に東海道原の宿に買われていった)、その夜ニシの家に来ると吠えたて、遂に引戸を破ってデイに入ると、和尚を喫み殺してしまった。
 和尚は犬に咬まれて死んでも、三日程は憎形のまゝであったが、遂に大むじなの正体を現わした。
 本当の和尚さんを喰い殺して化けて来たものだ、と云い伝えられている。
下田市の民話と伝説 第2集より